アハハ

夕方喫茶店で神仏の話になって「私は信じてるけど信じてない気もする」って言ったら私は信じてない組だと言われた。そう言えば観音さんやお不動さんやその他諸天神さんなど並べられても殆ど知らない。だから拝む対象にならないし積極的に調べる気持ちもないです。
仏はホットケ〜だろ?って言われました(^^)確かに私にとって神とはあの世とこの世の法則であって拝む対象はないですし(^^ゞ
我家には神棚もなければ仏壇もないし坊さんの説法も聞いたことないな。一度葬儀屋さんのお披露目で聞いたことがあるけど下ネタで年寄り笑わせていたエロ坊主だったし(^_^;)
イワシの頭も信心からとか信じる者は救われるなんて言うけど私には理解不能な世界だね。
私は考え込んだだけでしたが興味ある話が出た。自殺者は浮かばれないんじゃなくて死のうという意志で死ぬんだからその時点で魂は抜け殻になって生への執着はない。だから全ての自殺者がこの世を彷徨ってるとは思えないという話でした。
この話は墓のしょうを抜いたり入れたりする話から発展した話です。墓石に新たに名前入れる時に墓石屋さんは一旦しょうを抜いてもらってきてまた新たにしょうを入れてもらってくださいと言われたそうです。
信じる人は良いけど信じない人はここでふつふつ疑問が湧き上がります。そのあいだしょう(魂)はどこに居るの?成仏した魂(定かではない)がお墓に居るとは思えないですし、これって坊さんと石屋の金儲けの手段かいな?興味が湧いてきたのでネットで調べてみるとしますか(^_^;)
「しょう」って漢字で書くと「精」なのかどうかも分からない(^^ゞ題目と念仏とお経もそれぞれ意味が違うんでしょうね(^_^;)私にはどうでも良いことでも真剣に縋ってる人に取っちゃ大問題ですね・・・m(__)m